○はじめに  この作品はゲームブックです。  ストーリーは、項と呼ばれる複数の文章で分かれています。  文末に次の項の数字が示されます。  与えられた選択肢から次の項を選んで、物語を進めてください。  ○ルール  プロローグにおいて、主人公であるあなたは、自分の状態を殺人鬼か幽霊か決めなくてはいけません。  その後、自分の状態を選ぶ場面にたどりついたら、正しい状態を示す項へと進んでください。  また、エピローグにたどり着くには謎を解く必要があります。必要に応じてメモをとることをおすすめします。 ----------------------------------------------------- 「殺人鬼と幽霊と」                 作 火呂居美智  プロローグ  過去は、暗い霧に閉ざされてしまった。  もはや、何も思い出すことができない。  胸のうちに残るのは、蒼白い炎のような情念だけだ。  その情念に突き動かされて、あなたはその屋敷に向かった。  狭く何も見えない山あいの、暗い土地に建つ、古びた家。  あなたは、自分について、ひとつだけ認識していた。  それ以外は、なぜかよく覚えていない。  あなたは……  殺人鬼である30へ  幽霊である2へ 1  巨神の口から吐き出されると、現世の光はあまりに眩しかった。  全身に、刺されるような痛みを感じた。  山のような巨神であるクロノスは身悶え、苦しんでいた。あなたのそばには、姉弟たちも吐き出されていた。  ヘスティア、デメテル、ヘラ、ポセイドン……。  クロノスのうしろから、精悍な顔立ちの男が現れた。 「ゼウスか」 「ハデス、あなたで最後だ。さあ、いまのうちに逃げよう」 「ヘルメスは?」   弟は首を傾げた。 「お前が彼に命じて、俺を助けてくれたのだろう?」 「誰のことかわからないが、無駄話はあとだ。今は一刻を争う」  あなたたちは、その場所から逃げ出した。64へ   2  気がつくと、屋敷の二階にいた。  どのようにして、この場所についたかも覚えていない。  いったいなぜ、自分はこんなところにいるのだろう?  もしかしたらこの場所であなたは死んで、魂だけが残ったのかもしれない。  体をみると、ぼんやりとしていた。  血も肉もない。  半透明な体だった。  目の前に階段があり、降りた先は玄関のようだ。  窓の外は真っ暗闇だった。  星も月も出ていない。  不意に、ギィと音を立てて玄関が、開かれた。  だれかが入ってきた。  暗くてよく見えないが、足取りはしっかりしている。  あちらも、すぐにあなたの気配に気がついたようだ。  心に薄らいでいた情念がゆらゆらと立ち上り、気がついた。  あなたを殺したのは、あいつだ。33へ 3  水に触れたとたん、記憶の一部が甦った。 「どうして」  女は、死んだ男の傍らで、啜り泣いた。 「おまえに愛されていないと知って、絶望したんだろう」 「そんなことない。私は心から愛していたのに」 「……ハルポラテスを愛していたのか?」 「もちろんよ」 「俺は……俺のことは?」 「なぜ、そんなことを聞くの? まさか、あなたが彼を殺したの……?」 「そいつは自分でステュクスを飲んだ」 「ステュクスを……」 「俺は見ていただけだ」 「黙れ、殺人鬼! わかっていたはずよ、ステュクスが猛毒であることは」  女は、死んだ男を抱きしめて泣いた。 「ああ、愛している。お願い、幽霊になってでもいい。どうか、わたしに会いに来て」  そんな女を、男は悔しそうに見つめた。 「俺を、殺人鬼呼ばわりするのか……愛していたのに」  男は、そっと女の後ろに回った。  そして、懐から紅い瓶を取り出した。  気がつかれる前に、中身を女にふりかける。  女のからだはたちまち炎に包まれた。  あっという間に黒焦げとなり、動かなくなる。  男は気が触れたように嗤い出した。  そこで、死んだはずの男が目を覚ました。41へ 4  水に触れると、記憶の一部がよみがえった。  家の周囲の闇は、原初の混沌に似ていた。  すべてが溶け合い、混ざり合う状態。  胃袋の中のようなものだ。  その中で、あなたの自意識は分裂していった。  抗うため、イメージの家を作った。それは、暗闇の中で秩序を保つための砦だ。  しかし、分裂した魂は、己が何者かを忘れ、相互に必要としながらも、次第に理性を失っていった。  名前を思い出さなければ、このまま自滅していただろう。41へ 5  生き物たちは、あなたが近づいても、まるで絵画のように静止していた。  眠っているわけでも、死んでいるわけでもなく、目は開いている。しかし、いずれの生き物も、瞳の焦点がおかしかった。  なにか恐ろしい出来事にみまわれ、心が壊れている。そんな印象を受けた。  檻のあいだにノートを見つけた。 「コキュートスは、精神によくない作用を及ぼすようだ」  開かれたページにそう書かれていた。  あなたは、動物の檻から離れる。10へ 6  植物の種類は、水仙、ポプラ、ミント、ザクロなどだ。  それらに水を与えるためと思われる水差しも置かれていた。  研究ノートが置かれていて、以下のような文面が目に入った。 「ステュクスは命を奪う。と同時に、再生させる。濃度の問題だ」  水差しに手を入れるなら、あなたは、  殺人鬼である7へ  幽霊である47へ  水には触れない9へ 7  水差しに手を入れた。  すると、あなたの脳裏に、ある一場面がよみがえる。  いつの頃からか、三人で暮らし、水の研究に没頭していた。  男二人、女一人。  暗い、周りには何もない、洞窟の奥底にでもあるかのような小さな家だった。  いつも夜で、空は曇り、闇に包まれていた。  ときどき蒼い月がのぞいたが、本当に稀なことだった。  三人は元は一つでもあったかのように仲が良かった。しかし、時間とともに、まるで溶けて消えるように、お互いの心がわからなくなっていく。9へ 8  この水はアケローン。嘆きの水。  あなたは、ふだんは意識していない自身の心の声を聞く。  あなたは、周りから冷酷で残虐な人物と思われていた。  しかし自分では、実のところはそうでないと思っている。  ただ臆病なだけだ。  秩序を保つために恐怖で支配する。だから、そのような振る舞いをしているだけだ。9へ 9  この部屋には花瓶や鉢植えや、水槽が置かれていた。その全てで、花や果実のついた植物が育てられている。  壁際に窓があり、薄紅色のカーテンが揺れていた。    カーテンを調べる63へ  植物を調べる6へ  部屋を出る38へ 10  この部屋は、なにかの実験室のようで、いくつもの檻が置かれていた。  それらの中には、犬や猫、ネズミ、あるいはカエルや蛇、コウモリやフクロウなどが囲われていた。  生き物たちは、あなたの来訪にぴくりとも動かずに息を潜めている。  部屋の奥には梯子があり、天井の板が外れていた。屋根裏に続いているようだ。  檻の動物を観察する5へ  屋根裏へ61へ  部屋を出る38へ 11  あなたは実体を持たぬ幽霊、透き通った存在だ。だから、相手が人間なら、触れられないはずだった。  しかし、枯れ木のような細長い手は、強い力であなたを絡め取った。  黒焦げの体を濡らしていた液体に触れると、あなたの魂に、とてつもない負の感情が注ぎ込まれた。  それは絶望。  愛を失い、未来を絶たれ、神から見放された感情。  絶望は怪物のように暴れ回り、あなたの魂を引き裂き、崩壊させた。14へ 12  それは一瞬のまぼろしだった。  よく見ると、浴槽には誰もいないし、何もない。浴槽にあった黒焦げの体は、今あなたが動かしているのだ。  一瞬、記憶が錯乱したようだ。  ただ、なぜかあなたには浴槽が浴槽には見えない。  まるで、これは月へ向かう乗り物のように見えた。59へ 13  あいつを殺さねばならない。  それが、あなたの情念の正体だ。  理由は……いまは考える必要もない。  理由など大した問題ではない。  あいつを殺せば、すべて解決する。  なぜなら、あなたは殺人鬼だからだ。  自分で選んだ道なのだ。  あなたは、あいつを殺すべく動きだす。37へ 14  絶望に完全に壊される前に、ちりぢりになったあなたの魂の残滓の一つは、黒焦げの口の中へと侵入した。  あなたは死体の目を通して、天窓から空を見た。  月は蒼かった。  夜に浮かぶその姿は、夜空がこぼした特大の涙のように悲しげだ。  このままでは、あなたは朽ち果てるだろう。  このまま朽ち果てる34へ  まだ、そのときではない42へ 15  幽霊であるあなたでも、水に触れることができた。  触れると、次のような情景が心に思い浮かぶ。  男は、よろめく足取りで逃げた。  二階へ昇り、自分の部屋に入った。  しかし、そこで力尽きる。  意識が途切れ始める。  なぜ、このようなことになってしまったのだろう?  あたりをまさぐる。薬瓶のようなものを取り、口から流し込む。白く濁った水。  忘却の水レーテー。  これで、すべてを忘れると思った。  しかし、情念は湯気のように立ち昇り、消えはしない。  このまま消えることはできない。  男の魂は肉体を離れ、浮遊する。59へ 16 水に触れると、黒焦げの喉から声が漏れた。 「カオス(Chaos)……ガイア(Gaia)……クロノス(Kronos)……」  言葉の意味を考えることができない。59へ 17  壁際に立つ二叉の槍は、長く、太く、勇ましかった。  あなたには、とても抱えられそうにない。  先端は水牛の角のように二つに分かれ、凶暴な力強さがあった。  バイデント……。  槍の名前が思い浮かんだ。  そして、なぜかあなたは、このバイデントの特徴を覚えておくことは、とても重要だと感じた。50へ 18  鉱石の横にノートが置いてあった。  鉱石を使って、水の効果を調べていたようだ。 「プレゲトンはすべてを燃やす……そのほかの水は、石に何の変化ももたらさなかった……」  ノートにはそのようなことが書かれている。53へ 19  水滴は、半透明な指先に飛沫を飛ばした。  どうやら幽霊であるあなたでも、水に触れることはできるらしい。  触れていたら、不思議と、次のような情景が脳裏に呼び起こされる。 「ぼくは彼女を愛している」 「俺だってそうだ」 「これまでは仲良くやってきたけど、もう終わりにしたい」 「どうする気だ? 彼女にどちらかを選んでもらうのか」 「そんな勇気はない」 「臆病だな」 「君の冷酷さは表層だ。本当は君だって臆病なんだ」 「お前の方こそ、実際は恐ろしい考えの持ち主だ」  そんなことはお互い知っていた。41へ 20  水に触れた途端、焦げた口から言葉がこぼれる。 「ポセイドン(Poseidon)の武器……三叉の槍トライデント……」  どこかで聞いたことのある名前だが、いまは思い出せない。41へ 21  あいつだ。  殺意で目の前が真っ赤に染まった。  あなたはベランダに飛び込んだ。  蒼白い男の顔があった。  しかし、相手の姿は半透明だった。  あなたの両手は敵をつかむことなくすり抜け、そのまま勢いあまってベランダから落下した。  硬い地面に激突する。  骨が砕け、内臓の一部が破裂するのを自覚した。  一瞬で、意識が遠のく。  しかし、情念は消えなかった。あなたの魂は、浮遊してベランダに帰還した。このままでは終われない。  蒼白い顔の男は、もうそこにはいなかった。あなたは、今度は幽霊となって、相手を探すことになる。2へ 22  あなたはベランダに出る。  すると、影は、たちまちあなたに吸い込まれた。  あなたの体はひと回り大きくなる。  もともと自分の一部だったのだ。  本来の自分の力を取り戻したに過ぎない。  ベランダから見える外の世界は暗かった。  暗いというより、狭いのかもしれない。  闇のすぐ向こうは壁だ。ここはとても狭く息苦しい。あなたが欲しいのは、暗くてもいいが、もっと広い世界だ。  自分の分身を取り込んだ。しかし、これで完全ではなかった。  ヘルメスは教えてくれた。あなたの魂は三つに分かれていた。  もう一つの分身を取り込んだら、その場所から三を足した項へ進むこと。9へ 23  水に手を伸ばすと、半透明な存在であるあなたにも、その冷たさが伝わった。  次のような情景が、脳裏によみがえる。 「彼女がどちらを愛しているのか、確かめる方法がある」 「どうするんだ?」 「ステュクスを飲んでくれ」 「ステュクスを……あれは猛毒だ」 「ある濃度にまで薄まると、ステュクスは人を仮死状態にすることができる。それで、君が死んだと思わせる。君を愛していれば、彼女は深く悲しむはずだ。そうでなければ、僕を愛してる」 「そんなことを言って、本当は俺を殺すつもりじゃないのか?」 「なら僕が飲もう。彼女が、僕を愛しているのかどうか、君が反応をみてくれ」 「わかった」25へ 24  水に触れた途端、焦げた口から言葉がこぼれる。 「ゼウス(Zeus)……その武器は雷霆ケラウノス」  どこかで聞いたことのある名前だが、いまは思い出せない。25へ 25  キッチンは手狭だった。食材は放置され腐り、流しには汚れたままの調理用具が積まれていた。  鍋や碗の中には汚水が溜まっていて、その上を小蝿が舞っている。  汚水に触れるなら、あなたは  殺人鬼である39へ  幽霊である23へ  キッチンを出る50へ 26  浴槽の中には、湯も水も入っていなかった。  代わりに、人のかたちをしたものが横たわっていた。  それは、性別も年齢も判別できないほどに黒焦げで、とても生きているようには見えない。  ただ、かたちは完全に崩れてはおらず、水で拭き上げたように全身が濡れていた。  もっとよく観察しようと、あなたが浴槽を覗き込むと、突然、黒焦げの顔はカッと目を見開いた。  長い爪の生えた両手が伸びてくる。  殺人鬼なら51へ  幽霊なら11へ 27  手鏡に、ぼやけた顔が見えた。  自分の顔だろうか?  いや、幽霊である自分が鏡に映るわけがない。  旅人のような帽子をかぶり、何か言っている。 「……魂は……。……名前を……、……象徴たる武器の槍先……」  そのように聞こえた気がしたが、幽霊であるあなたには、よく意味がわからなかった。61へ 28  手鏡に、ぼやけた顔が見えた。  旅人のような帽子をかぶり、何かを言っている。 「…………三つに分かれました。…………思い出したなら、…………の数を加えた地点へ飛ぶのです」  思考はできないが、たしかにそう聞こえた。61へ 29  焦げ跡は、黒い人のかたちをしていた。  やや小柄で、腕脚も細い。  まだかすかに焦げ臭さが漂っている。  それほど不快な匂いではない。50へ 30  あいつを殺せ……!  そのあいつのことさえよく思い出せないのに、胸の内から湧き上がる暗い情念は、それを強く求めていた。  玄関から、家の中へと入る。  奥へ続く廊下と、二階への階段があった。  照明はついているのかいないのか、異様に薄暗い。  窓の外は、月も星もない夜である。  ふと、階段の先を見上げると、人影が見えた。  蒼白い、透き通るような顔。  怒っているようにも、泣いているようにも見える。  あいつだ。  すぐにわかった。  あなたたちは、しばし見つめ合った。13へ 31  次の名前を、あなたは石板に刻む。  デュカリオン(Deucalion)  あなたは、その名をじっと見つめた。  石板に書かれた文字が三つ目なら60へ  そうでなければ53へ 32  あなたは、石板を見て、自分の名前を思い出した。  しかし、なぜこのような場所にいるのか?  それはわからなかった。53へ 33  あいつは、ふたたびあなたのことを殺しにきたのか?  あなたは、すでに死んだ。  が、こうやってまたこの屋敷に現れた。  やるべきことがあるからだ。  それがなんであったか、すぐには思い出せなかった。  あいつは、それをさせようとしないだろう。  視線から、強い殺意を感じた。  いったん、あいつの前から姿を隠さねばならない。  幽霊となったあなたは、あいつから逃げるために動き出す。38へ 34  なぜ、この場所でさまよっていたのか、その理由がわからぬまま、あなたが朽ちる選択をしたのであれば、死の闇の中に安らぎはない。  その理由を理解したつもりで選んだのだとしても、この闇の中で、それが真実なのかは判断できない。  無念の嘆きが、高い場所から聞こえる。 「三つに離れた魂で、遥かな旅をした我が声をつなげるのです……そして真の自分を……」 (BAD END) 35  水に触れた途端、この家で起こったであろう情景と男の後悔が、あなたの脳裏をよぎった。  男は、黒焦げになった女を浴室に運び、からだを洗った。  蛇口からは、黄色味がかった水が出ていた。 なぜ、このようなことになってしまったのだろう?  女の気持ちを確かめたかっただけだった。しかし、男たちの愛への臆病さは、歪んだ結果をもたらした。  すべてを忘れたかった。  男は自分の部屋に行き、壺の水を両手で掬った。忘却の水レーテー。  白く濁った水を啜り飲む。  これで、すべてを忘れると思った。  男は家を出て、どこか知らないところへ向かおうと歩き出した。  しかし、情念は湯気のように立ち昇り、消えはしない。59へ 36  水に触れると、次の記憶が呼び起こされた。    あなたには、三人の姉がいた。  ヘスティア、デメテル、ヘラ。それぞれが美しく愛に満ちていたが、一度怒れば、激しい感情の持ち主だった。  この家にいた女スキュラには、三人の面影があった。  ことに次女のデメテルによく似ていた。彼女に将来娘ができたなら、きっとあのような感じだろう。59へ 37  ここは家の玄関だ。  廊下がまっすぐ奥へと伸びて、突き当たりと左側の壁にドアが見える。  玄関のすぐ右側には上へと向かう階段があり、左側には靴箱がある。  突き当たりの扉へ41へ  左のドアへ50へ  階段を上る38へ  靴箱を調べる49へ 38  あなたはいま、二階の廊下にいる。  廊下には四つの扉があり、階下には玄関が見える。  奥の突き当たりの扉には、バスルームの文字がある。  他の三つの扉には、それぞれに動物の牙、水仙の花、岩石の図形が描かれたレリーフが飾られている。  バスルーム59へ  牙の扉10へ  花の扉9へ  岩石の扉53へ  階段を下りる37へ 39  汚水に触れた瞬間、あなたの脳裏に、この家で起こった一場面がよみがえった。 「いったいどういうことだ?」 「スキュラは、お前を愛していた……そして、この俺を殺人鬼と罵った……」 「プレゲトンを使ったのか……? なぜ……」 「仕方がなかった。スキュラが俺を愛さないとわかったならば、こうする以外、道がなかった」 「気がふれたか」 「気がふれたのはおまえのほうだ。こんなやり方で愛を試したおまえが悪い」  男は、目覚めた男にもプレゲトンをふりかけた。 「そうさ、どうせ俺は残虐な殺人鬼だ」25へ 40  この水はアケローン。嘆きの水。  触れると、記憶の一部がよみがえった。  原初の混沌の神カオスは、天空神ウラヌスを産んだ。そのウラヌスと地母神ガイアの子が、巨人族の王クロノス、あなたの父親だ。  クロノスは、ウラヌスを殺し神々の王となった。しかしクロノスは父母に予言された。 「クロノスよ、お前もいずれ我が子に権力を奪われる」25へ 41  突き当たりの扉は、トイレだった。  個室だが、用をたすには空間が広く、大理石のタイルも豪華なものが飾られている。  水道から、ぴちゃぴちゃと、ゆったりとしたリズムで雫が滴っている。  水は錆色をしていて、血が混ざっているようにも見える。  水に触れるなら、あなたは  殺人鬼である3へ  幽霊である19へ  トイレを出て玄関に戻る37へ 42  まだ、この世を去るわけにはいかない。 なにもわからぬまま、死を受けいれることにあなたの魂の残滓は抗った。  すると、不思議なことが起こった。  立ち上がろうとすると、黒焦げの体は持ち上がった。  あなたのわずかばかりの意志に、黒焦げの体は反応した。  ぼろぼろだが、体が手に入った。  深い思考はできないが、あなたは動く屍となって、家の中を徘徊することができる。  今後、あなたの状態をたずねられたら、幽霊の項に一を足した項に進むこと。59へ 43  手鏡に、ぼやけた顔が見えた。  自分の顔だろうか?  旅人のような帽子をかぶり、何か言っている。 「あなたの…………。本当の…………、目眩を覚えた場所から、…………」  それ以上はうまく聞き取れない。61へ 44  手鏡に映る、旅人のような風貌の男が、語りかけてきた。 「わたしはヘルメス。全知全能の神ゼウスの末の息子。夢と眠りをあやつります。あるお方の命を受け、あなたを助けに来ました」 「どういうことだ?」 「あなたの父クロノスは、親のウラヌスを殺し神々の王になりました。そしてその因果を恐れ、自らも我が子に殺されると信じ、生まれてきた子供たちを、次々と呑み込んだのです」 「するとここは、父の腹の中というわけか」 「はい。ゼウス様だけは、母であるレアー神の機知により助かりました。わたしは、ハデス様を救うために、夢を通じてこの場所にやってまいりました」 「そうか、ご苦労であった。しかし、父の腹の中がこのような奇妙な場所であるとは思わなかった」 「ハデス様の魂は、クロノス神の心の闇に溶けて、分裂していたのです。自我が壊れる前に精神の殻を作りましたが、徐々に崩壊は進みました。記憶が混濁し、きっと長い夢を見ているような気分だったでしょう」 「出るにはどうしたらいい?」 「名前を取り戻した今、あなたは自力でここから抜け出すことができるでしょう。闇は本来、あなたの領土です」 「闇は我が領土……」 「月のように見える蒼い光が、現世への出口。クロノス神の口です。開いたときに、駆け上がりください。浴槽が舟、わたしが船頭となりましょう。残りの分身をその身に取り込めば、本来のあなたに戻ります」61へ 45  ベランダには、あなたを殺しにきた男が立っていた。  いつのまに先回りをしたのだろう?  答えを考えるひまもなく、相手は襲いかかってきた。  あなたは、ふわりと体を反転させて避ける。  相手の方が動きは速かった。  しかし、透き通った存在であるあなたに、相手は触れることはできなかった。  ベランダでつまずいた男を置き去りにして、あなたは急いでこの部屋から出た。38へ 46  あなたがベランダに向かうと、そこには、ゆらゆらと浮遊するなにかがいた。あなたは、ぼろぼろの腕を伸ばしてその浮遊するものを捕まえる。  それは、何者かの意識だった。  強い情念と言い換えてもいいだろう。  肉体は持つが、考える力のないあなたが欲するものだった。  あなたは、浮遊する意識を自分に取り込んだ。  渇いた砂に吸い込まれる水のように、意識はたやすく吸収された。  しかしはずみで、黒焦げの体はベランダから墜落する。  体のどこかがあらぬ方向へ歪んでしまったが、あなたは、取り込んだ情念に急かされるように立ち上がった。  情念の正体は、強い殺意だった。  あなたは、殺人鬼となる。30へ 47  幽霊であるあなたも水に触れることができた。  不思議な水だった。触れていると、次のような情報が脳裏に思い浮かぶ。  女は混乱していた。  女は、これまで二人の男を一心同体のように思っていた。  二人に愛され、二人を愛していた。  しかし、今、心が剥がれるように気持ちが離れていた。  水の影響だろうか?  あるいはこの家を取り巻く霧のような暗闇のせいだろうか?  一人に対しての愛情はそのままだが、もう一人に対しては、興味が失われている。  愛する男の方に、自分を選んでもらわなくてはならない。  しかし、彼が行動を起こしてくれるだろうか? もしかしたら、臆病さに負け、三人での平穏な関係を続けるかもしれない。  彼は、もっと苦悩をする必要がある。  そうしなければ、デュカリオンが先に動きかねない。  だから、彼が眠っている隙にコキュートスを与えた。そうすれば、臆病な彼は、苦悩に耐えられず、行動を起こしてくれるはずだ。9へ 48  あなたは水差しに手を入れる。 「ハデス(Hades)……二叉の槍、バイデント……」  焦げた喉が、そんな言葉を吐き出した。9へ 49  靴箱には三人分の靴が揃えてあった。  男物二つ、女物一つだ。  するとこの家には、男二人、女一人が住んでいることになる。37へ 50  広い部屋だった。  リビングとダイニングがつながった場所のようだ。  手前部分には、ソファーや収納棚が置かれていた。その床には、何かが燃えたと思われる焦げ跡があった。  奥側には食器棚やテーブルがあり、壁際に巨大な槍が刺さっていた。  ダイニングの奥には、キッチンにつながる通路がある。  焦げ跡を見る29へ  槍を見る17へ  キッチンへ向かう25へ  この部屋を出る37へ 51  あなたは、すばやく焦げた腕をよけた。  殺人鬼であるあなたにとって、黒焦げの動きは緩慢だった。  とどめを刺そうかと思ったが、それきり黒い体は動かなかった。  一瞬開いた目も、すぐに閉ざされてしまった。  これ以上関わる必要はない。  あなたは浴槽から離れた。59へ 52  黒焦げはあなたの体にまとわりつき、黒い衣となった。  力がみなぎり、体がみるみる大きくなる。  黒焦げは、もともとあなたの一部だったのだ。  さて、もう一つの分身をすでに取り込んでいれば、そのときに示された項へと進むことができる。  まだであれば、取り込んでからここに戻ってくる必要がある。59へ 53  この部屋には、たくさんの鉱物が置かれていた。  花崗岩、石英、長石、雲母など幾種類もの岩石が並んでいる。  中には、宝石の原石と思われる鈍い輝きを秘めたものもある。  壁際には、大きめの石板があり、文字を書くための石筆があった。  鉱石を観察する18へ  石板を調べる54へ  部屋を出る38へ 54  石板を見ていると、あなたの脳裏に、ふいにある名前が思い浮かんだ。  果たしてそれは、あなた自身の名前なのか、情念を抱かせるあいつの名前なのか、それとも他の誰かの名前なのかはわからなかった。  石筆を手にとって、あなたはその名を石板へ刻んだ。  さて、あなたは、  殺人鬼である31へ  幽霊である56へ 55  あなたが手を掲げると、バイデントが飛んできて、手のひらにおさまった。 「ヘルメスよ、準備は出来た」  天窓に月から光が射した。  いつのまにか浴槽の先端にヘルメスの手鏡があり、月と光の筋で結ばれていた。  あなたが二叉の槍を一振りすると、暗闇に立つ家は崩壊した。  浴槽は黄金に輝く舟となり、両側に白い翼が生えた。  あなたを乗せた舟は、クロノスの口へ向かって、高く舞い上がった。1へ 56  次の名前を、あなたは石板に刻む。  ハルポラテス(Harpocrates)  あなたは、その名をじっと見つめた。  石板に書かれた文字が三つ目なら60へ  そうでなければ53へ 57  次の名前を、あなたは石板に刻む。  スキュラ(Scylla)  あなたは、その名をじっと見つめた。  石板に書かれた文字が三つ目なら60へ  そうでなければ53へ 58  あなたは、ベランダに移動する。  さて、あなたは、  殺人鬼である21へ  幽霊である45へ 59  バスルームの脱衣所には、洗濯物が山のように溜まっている。  浴室には、洗い場の三倍はありそうな大きな浴槽があり、今いる場所からは、内側はよく見えない。  天窓があり、月明かりがこぼれていた。  蛇口から、ぽたりぽたりと黄色く濁った水が滴っている。  浴槽をのぞく26へ  蛇口の水に触れるなら、あなたは  殺人鬼である35へ  幽霊である15へ  バスルームを出る38へ 60  三つの名前は、まるで生き物のように石板の上を動いた。  目眩を覚えた。  文字は、ひと連なりになり、いらない文字が剥がれ落ちていく。  あなたは、それを読み解こうとする。  文字を読み解き、それに関わる情報を知っていれば、進むべき場所がわかるはずだ。  読み解けないなら、すべてが幻であったように、石板の文字は元に戻っている。53へ 61  屋根裏に小さな部屋があった。  窓があり、空が見えた。  いつのまにか雲が晴れたのか、月がのぞいていた。  蒼い月。  その月明かりに照らされて、床に落ちている鏡が光った。  小さな手鏡だった。  手鏡を覗き込むなら、あなたは  殺人鬼である43へ  幽霊である27へ  屋根裏部屋を出る10へ 62  ハデス。  その言葉を口にした途端、あなたはすべてを思い出した。  我が名はハデス。  クロノスとガイアの息子にして、ゼウスとポセイドンの兄。  なぜ、このような夢を見た?  三人の人間になり、お互いを懸想する夢。  そして人を殺め、人ですらなくなる夢。  愛に疎く、残虐で冷酷な夢。  それに、ここはどこだ?  世界はあまりにも暗く、夢のようにぼんやりとしている。  まだ、夢は続いているのか?  あなたは、自らが神々の一柱ハデスであることを思い出した。今後、あなたの状態をたずねられたら、殺人鬼の項に一を足した項に進むこと。53へ 63  カーテンの向こう側には隣接したベランダが備え付けられており、隙間から錆びついた鉄柵が見えた。  窓は開いていて、空気の動きに合わせて、薄紅色のカーテンがさざめいている。  あなたは、思わず立ち止まった。  カーテンを透かして、ベランダに人影がみえた。  ベランダへ58へ  植物を調べる6へ  部屋を出る38へ 64  エピローグ  その後あなたは、ゼウスらと力を合わせ、クロノス率いる巨神族と戦い、勝利をおさめた。  くじによってあなたが割り当てられた領土は、地下世界だった。  宇宙の支配者となったゼウス、大海の王となったポセイドンと比べて、そこはなんとも陰気な場所だった。しかし、あなたは喜んだ。  空気が澱み、闇に包まれ、亡者や化物が棲む世界だったが、どこか懐かしささえ感じていた。  どことなく、父の腹の中で過ごした風景と雰囲気が似ていた。あなたの魂が愛という感情を覚えた場所だ。  やがて時が過ぎた。  あなたは残虐な冥界の王として畏れられる一方、女性に対しては奥手で臆病だった。愛を求めているが、女性にどう接してよいのかわからないのだ。それは神話となって、後世にも永く伝えられた。  また神々の王となったゼウスは、多くの子に恵まれた。  その末の子がヘルメスと名付けられると、あなたは驚いた。  ヘルメスは夢と眠りの神であり、旅人の守護神だった。弁が達者で、知恵に優れていた。時間を超えて、人の夢へ訪れることもできるらしい。  あなたはヘルメスに、死者や英雄を冥界に導く役割を与えた。  そして、いつか命ずるだろう。過去に旅立ち、分裂したあなたの魂を救うことを。 (GOD END)